ご指名
二週間前に良い思いをした川に、今週末も行った。そして、前回大きい魚を釣った少し上流で、良型を釣り上げた。普通ならば「二回連続でこの釣果、もうヘボ釣り師の称号は返上なんじゃないの?」なんて思うところだが、その釣り上げた魚を見て脳裏に浮かぶ言葉は———
例えば魚屋の店頭に並ぶ同じ様な大きさのサンマを三匹買って来て、あなたは後から「これが一番右にあった魚」というように見分けがつくだろうか。一般的に魚というのは個体識別をするのが難しいものだと思う。(築地に行けば、人間の顔を識別する様にサンマの顔を識別できる人に会えたりするんだろうか。)
ところがイワナという魚は個体差が激しい。まず、生息している地域によって体の模様や色合いが違う。あまりに違うため、現在共通して「イワナ」と呼ばれているものは、以前は幾つかの別の魚種だとされていた程だ。また、川によっても差がある。現在は養殖されたイワナを幾つもの河川に放流するため、河川固有のイワナというものは消滅したところも多いだろうが、餌を接種する条件が厳しい川のイワナは体が細いなどその川の状態を反映する。そして、同じ川で釣り上げても、イワナは一匹一匹が妙に個性的なのだ。
釣り上げたイワナを掬い上げたネットから出したとき、私は既視感に襲われた。いや、これは「既視感」なんかじゃなくて……。何処がと言われると答え難いのだが、二週間前に釣った「泣き尺」イワナと似ている。「ひょっとしてお前、この間のヤツじゃないの?」
この場合、腕前が上がったというより、単にこのイワナが釣られ易いということになる。でも、そんな魚がキャッチアンドリリース区間でもないこの川でここまで大きくなれるんだろうか。いやそれどころか、よくもこの二週間抜かれずにいられたということになる。「まさかな。」と思いながらこの魚を流れに返した。

家に帰って来て、そのイワナの写真を見る。一緒に写っているロッドが実寸になるまで画像を拡大し、魚の大きさを測ってみた。測定結果:29.4cm。やっぱりお前、この間のヤツだろ。