高野聖
鈴鹿の山と言えば蛭。蛭と言えば…
泉鏡花の小説『高野聖』(こうやひじり)に、飛騨から信州松本へ向かう途中に蛭の大群に襲われる話が出てくる。高野聖とは、寄付を募るために全国を旅する高野山の僧のこと。この小説では僧が若いときに遭遇した、不思議な体験が語られる。泉鏡花の作品は既に著作権が切れているため、『青空文庫』でも公開されている。
泉鏡花
著 『高野聖』
話の舞台は岐阜県の天生(あもう)峠とされているのだが、天生峠は現在の白川村から河合村に抜ける峠で、飛騨から信州へ抜ける話とちょっと合わない。飛騨から信州というと、安房峠や野麦峠が思い浮かぶが、話の雰囲気ではもっと低い所をイメージする。
という訳で、舞台は漠然とした「特定できない飛騨信州の山の中のどこか」という印象で、自分の釣りに行く地域と重なっている。前に書いた様に、こちらではまだ蛭の被害にあった事は無いのだけれど、一生、そんな異空間に紛れ込みたくないものである。
『此の恐ろしい山蛭は神代の古から此処に屯をして居て、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間に何の位何斛かの血を吸うと…』
嗚呼、怖い。
ところで、鈴鹿の山はどうしてそんなに多くの蛭が生きていけるのだろう。動物が多いからなのか。中高年登山ブームの昨今、一番多い動物は…